Masuk「え?」目が覚めると私の目に蛍光灯が飛び込んできた。「え……? 蛍光灯……?」そんな馬鹿な。この世界に蛍光灯があるはずは……。すると、白衣を来た見知らぬ中年男性が私を覗き込んできた。でも……その面影には見覚えがある。そう、ジョシュアさんを何となく連想させた。「目が覚めましたか? 小林美穂さん」「え……? 小林美穂って……前世の私の記憶……?」すると、背後から声をかけられた。「良かった……元に戻ったのですね?」「え?」その声に驚いて振り向くと、白衣を着たケンがいたのだ。「えっ!? ケ、ケン!?」「ああ……良かった、小林さん。成功したみたいですね」ケンは嬉しそうに笑う。「え? 成功……? 一体どういう……」身体を起こすと、そこは応接室のような場所だった。部屋の至る所に観葉植物が置かれ、大きな水槽には熱帯魚が優雅に泳いでいる。「まずは……そうですね。自分の顔を確認してみましょうか?」ジョシュアさん? もどきの男性は手鏡を渡してきた。「さ、どうぞ覗いてみて下さい」「は、はい……」クルリと鏡を自分の方に向けて驚いた。そこに映っているのは長年見慣れていた私……「小林美穂」が映し出されている。「え……? こ、これは一体……?」何?一体私の身に何が起こったというのだろう? 私はゲルダだったはず……。ついさっきまでシェアハウスの皆と楽しくパーティーをしていたはずでは?何が何やら分からずに呆然としていると、ケンが言った。「まずは外で待っている息子さんを呼びましょうか?」「え……? 息子……?」ケンは扉へ向かうと、ガチャリと開け、何やら誰かと話している。次の瞬間――「母さん!」突如として部屋に飛び込んできたのは……息子の俊也だった。「え!? 俊也!?」すると俊也は周りの目があるというのに、私に抱きついてくると涙混じりに言った。「良かった……母さんが……戻ってきてくれた……」そして肩を震わせて泣いた――**** あの後、私は先生と心理学を専攻している学生、そして俊也から話を聞かされた。私がゲルダとして目覚めたあの日。実際の私は脳梗塞で死にかけていたらしい。前日に頭が痛むと俊也に電話をしていた私を心配になって様子を見に来ると、布団の中で意識を失っている私を俊也が発見。そして救急車を呼んですぐに病院へ搬送され、応急処置が
――18時厨房でパンを焼いていると、バタバタと駆けて来る足音が響いてきた。そして……。「酷いじゃないですか! ゲルダ様!」ウィンターが厨房に現れるなり、大声で喚いた。「は? 何が酷いのよ。それはこっちの台詞よ。ウィンター! 今の今まで何処をほっつき歩いていたのよ! 夕食の準備もしないで!」私は粉まみれの手でウィンターを指さした。「何言ってるんですか! 俺は園芸店に行った後、ずーっとゲルダ様がタクシー会社から出てくるのを待っていたんですよ! なのに……待てど暮せどゲルダ様は戻って来なかったじゃないですか!」私は頭を押さえた。「あのねえ……常識で考えてみたって分かるでしょう? 何時間も戻ってこなければ普通は帰ったと思わない? それに第一、どうして私がウィンターと一緒に帰らなければならないのよ。そんな約束だってしていないわよねぇ?」「ええ……そんなぁ……」ガクリと項垂れるウィンター。しかし、すぐに顔を上げた。「ところでゲルダ様。これ……ぜーんぶゲルダ様が作ったパンですか?」「ええ、そうよ。今夜はパンパーティーよ。取りえず今夜は私が夕食を用意したけど、明日からはウィンター。貴方が料理を作るんだからね? 分かった?」「はい! 分かりました。いや〜やっぱり流石はゲルダ様。口では沢山文句を言ってくるけれども、優しい方ですよね〜。それで俺も惚れてしまったんですけどね」ウィンターはドサクサに紛れてとんでもないことを言ってきた。「ちょっと! あんまり変なこと言うと追い出すからね!」冗談じゃない。こんな話をジョシュアさんに聞かれようものなら……。「やぁ、随分美味しそうな匂いがすると思ったら……ゲルダさんだったんですね?」タイミング悪くジョシュアさんが現れた。「あ! お、お帰りなさい! ジョシュアさん!」笑みを浮かべて迎えると、ウィンターが口を挟んできた。「ゲルダ様! あまりにも俺と待遇が違いすぎやしませんか!?」「当然でしょう? ウィンターは従業員、ジョシュアさんは大事なお客様なんだから、待遇の差に文句は言わないでちょうだい」するとジョシュアさんが嬉しそうに笑う。「本当ですか? そう言っていただけると光栄です。このシェアハウスに住めて本当に良かったです。それじゃ一度部屋に戻りますね」ジョシュアさんは厨房から出ていった。「はぁ……やっ
「ジャンー! ジェフー! お茶でも飲まなーい!?」リビングの窓から顔をのぞかせ、庭で家具の修繕をしていた2人に声をかけた。「はい、行きます!」「丁度喉が乾いていたんですよ!」ジャンとジェフが交互に返事をし、作業の手を止めて屋敷の中へと入ってきた。「はい。いつもご苦労さま、二人は偉いわね。いつも文句一つ言わずに黙々と働いてくれるから助かるわ」2人の前に紅茶を置いた。「え? ゲルダ様?」「一体突然どうしたんですか?」ジャンとジェフが首を傾げる。「ううん、本当にそう思っただけよ」ニコニコしながら言うと、ジェフが警戒心を露わにして私に尋ねてきた。「ゲルダ様……もしや何か考えていますね?」「え? そうなんですか!?」ジェフがギョッとした顔で私を見る。「ええ、実はね……2人にお願いがあるのよ」「い、一体何をさせようとしているんです?」ジャンが紅茶を飲みなが尋ねる。「それはね……」2人の顔にうんざりした表情が浮かんだのは言うまでも無かった――**** 14時を過ぎた頃にハンス、ケン、クリフの3人が荷馬車に荷物を積んで戻って来た。「お帰りなさい、3人共」ドアを開けて迎えに行くと、荷馬車には数個のトランクケースしか入っていなかった。「あら、荷物ってこれだけなの?」あまりにも荷物の量が少ないのでハンスに尋ねた。「ええ、お恥ずかしいですが……家具も全てついている部屋だったので、衣類しか持っていなかったんです」ハンスの顔が赤くなる。「なーんだ、そんなの気にすること無いじゃない。ここは家具付きの部屋があるから安心して暮らせるわよ」「本当ですか!?」「ええ、それじゃ……」するとそこへ畑仕事が終わったブランカが部屋に現れた。「あ、ちょうど良かったわ、ブランカ。ハンスを部屋に案内してくれる?」「はい、分かりました。こちらへどうぞ」ブランカがハンスに声をかけた。「ありがとうございます!」荷物を持ったハンスが礼を述べる。「俺たちも荷運び手伝うよ」「そうだな」ケンとクリフも荷物を持つと、先頭を歩くブランカの後をついて行った。彼らの後ろ姿を見届けると、私はうでまくりした。「さて、パン作りの練習でも始めようかしら」私の最終目的は自分の店……パン屋をオープンさせることだ。ゆくゆくはこの屋敷を一部改装してパン屋を始めたい……こ
「本当に? 本当にいずれ全て話してくれるんでしょうね?」用心深げにケンに確認する。「ええ、勿論ですよ」ハンドルを握りしめながらニコニコ笑顔で答えるケン。恐らく私と話がしたくて自分のタクシーに乗せたことは理解した。それに 見たところ、悪そうな人間には思えない。「ひょっとして……貴方……」言いかけたものの、ケンによって素早くさえぎらる。「すみません、ゲルダさん。今はまだ何も話せないのですが……いずれ全てお話するので、とりあえず忘れて下さい」そんな忘れるなんて……。けれど何故かケンの顔が真剣で、何処か切羽詰まっているように見えたので、私はそれ以上尋ねるのはやめにした――****「ようこそ、お待ちしておりました」モンド伯爵邸ではブランカが出迎えてくれた。「あ、よろしくおねがいします」「お邪魔します」「ありがとうございます」ハンス、ケン、クリフが挨拶する。「それじゃ、皆中へ入ってくれる?」「「「はい」」」3人は声を揃えて返事をした。 リビングへ通すとすぐに私は3人に尋ねた。「あなた達、住まいはどうなっているの?」するとクリフが答えた。「俺は実家暮らしです。両親と妹の4人で住んでいます」「そう? ここにはどの位の時間で来れそう?」「う〜ん……そうですね。歩いても40分位でしょうか……? あ、でも乗り合い馬車の停車場がありましたよね? あれに乗ればもっと早く来れます」「そう? なら貴方は自宅通勤出来そうね? ケンはどうなの?」「俺はアパートメントに一人暮らしです。乗合馬車を利用すればここまで恐らく20分位で来れますね」「それじゃ、最後にハンスはどう?」「はぁ……実は僕、タクシー会社の寮に入っていたんですよ。だからもう出なくちゃいけなくて……」「そう? ならここに住めばいいわ。ここのシェアハウスの手伝いもしてくれれば格安で入居させて上げるから。ところで寮費はいくらだったの?」「はい、5万シリルです。食費は含まれていません」「ならここは食事付きで7万シリルはどう? その代わり、条件としてこのシェアハウスの運営のお手伝いもすること。どう? 悪い話じゃないと思うけど?」「本当ですか!? 実に良い話ですね! 是非ともお願いします!」ハンスは嬉しそうに頭を下げる。「ええ、それじゃハンス。今日からこのシェアハウスの住人よ。
真っ先に声をかけてきたのはハンスだった。「ええ、お待たせ。貴方たちを迎えに来たわ。ついでにタクシー3台も一緒にね」「本当に助かります……今月まだ3人しかお客を乗せていなかったので、家賃も払えなくなりそうで不安だったんですよ」クリフが胸をなでおろす。「俺は4人ですよ。本当にタクシーを利用する客がこんなにいないとは思いませんでした」ケンがため息をついた。すると――「おうおう、お前らか? 俺のゲルダ様を誘惑しようとしている男たちは。何だ? 1人を除き、ガキどもじゃないか?」まるで私の用心棒にでもなったかのようなガラの悪い態度で3人の若者たちを睨み付ける馬鹿ウィンター。「ちょっと! 何失礼なこと言ってるのよ!」私は慌ててウィンターを睨み付けた。「けど、ゲルダ様! こいつら全員ゲルダ様に色目使ってきてますぜ!?」「はぁ~!?」誰が色目を使っているだって!? 3人の若者達は呆気にとられた様子でウィンターを見ている。「あの~ゲルダ様。この人、何者ですか?」ハンスがウィンターを見ながら尋ねてきた。「うん、良い質問ね。彼は……」すると私が言い終わる前にウィンターは余計なことを言った。「俺か!? 俺はゲルダ様の下僕であり、将来の夫候補のウィンターだ!」「「「えぇ~っ!?」」」のけぞる3人の若者。「ちょっと! 何寝ぼけたこと言ってるのよ!!」私はウィンターを怒鳴りつけた。「いい!? 私にだって選ぶ権利位あるのよ! でもウィンターだけは絶対にお断りですからね!」「そ、そんなぁ~ゲルダ様……」何とも情けない声を上げるウィンターは無視し、私は3人の若者達に向き直った。「それじゃ、社長の処に挨拶に行ってくるからね」「「「はい」」」彼等は返事をし……何故かウィンターまでついて来ようとする。「……ちょっと。一体何の真似かしら?」「え? ですから俺も付き添いに……」「そんな事はいいから、貴方は早く園芸店へ行って肥料を買って帰りなさいっ! さもなくば……」「ひぃっ! わ、分りました! 分りましたから……どうか追い払わないで下さい!」そしてウィンターは逃げるように園芸店へ向かって駆けだして行った。「ふぅ……全く、鬱陶しい奴め……」長い髪をかき上げて、ため息をつくと私はタクシー会社の社長の元へ向かった――****「お待ちしておりま
ウィンターを伴ってタクシー会社を目指す為に辻馬車に揺られていた。馬車の窓から外を眺めていると、不意に向かい側に座るウィンターが声をかけてきた。「ゲルダ様」「何よ」「あのジョシュアって男……いけ好かないです。追い出しませんか?」「はぁ!?」突然の言葉に驚いてウィンターを見る。「ちょっと、何言ってるのよ? 寝ぼけるのも大概にして?」「別に俺は寝ぼけてなんかいやしません。ちゃーんと起きてますって」「大体何で追い出さないといけないのよ? 彼はシェアハウスの住人で、お客様なのよ? 彼は貴重な私達の収入源だと言うことを忘れていない?」むしろ追い出すべき人物は目の前のウィンターが適任だ。「だって……あいつ、俺のゲルダ様に色目なんか使って……ほんっとに自分の年齢を考えて行動しろって言ってやりたいですよっ!」「年齢……」それをならむしろ年齢を考えろと言われてしまうのは私の方だろう。前世と今世の年齢を合わせれば67歳のおばあちゃんになるのだから。ん? そう言えば今、ウィンターは何と言った?「ちょっと! そう言えば……ウィンター。今、私のこと何て言った? 『俺のゲルダ様』って言わなかった?」するとウィンターは開き直ったかのように頷く。「ええ、言いましたよ? 俺のゲルダ様」「ちょっとっ待ちなさい! 私がいつウィンターの物になったのよ? いい? 私はね、『皆のゲルダ様』なんだからね!?」腕組みをして言い放ってやった。そう、私はシェアハウスのオーナー。『皆のゲルダ』なのだから。そんな私をウィンターが呆れた目で見ていたのは言うまでも無い――****「どうもありがとうございました」タクシー会社の前で辻馬車を下ろしてもらった。「い、いえ、またのご利用をお待ちしております」御者は目的地がタクシー会社だというのが嫌だったのだろう。まるで逃げるように馬車を走らせて行ってしまった。そして背後からは待機中のタクシードライバー達の突き刺さるような視線……。「う〜ん……やはりタクシー会社に辻馬車で乗り付けたのはまずかったかしら……」「気にすることはありませんぜ? 文句があるやつは俺が片っ端からのしてやりますよ」ウィンターが指をポキポキ鳴らす。「ちょっと、物騒なこと言わないでくれる。私達はここに喧嘩しに来たわけじゃないんだから。……というわけで、ウィンター







